骨董市の端の方で、ふと目に留まる一枚の布。桜でも菊でもない、見慣れない花や鳥がびっしりと描かれていて、どこか遠い国の匂いがする——それが更紗(さらさ)との、最初の出会いという方も多いのではないでしょうか。なぜ着物の中に、こんなに異国めいた柄が息づいているのか。ひもとくと、そこには海を越えてきた小さな物語が見えてきます。

更紗とは?名前の由来と文様の特徴

更紗とは、木綿の布に草花や鳥獣、人物などを図案化した文様を型染め(かたぞめ)や手描きで施したものを指します。文様が生まれた背景には、エキゾチックな異国の風合いと、日本の風土や美意識が重なり合った歴史があります。更紗の柄がどこかで見た着物とは違う印象を与えるのは、もともと日本の外から来たものだから——そう思うと、あの独特な花鳥の配置にも納得がいきます。

インドから日本へ——南蛮貿易と鎖国期に渡った異国の文様

更紗が日本へ伝わったのは室町から桃山時代にかけて、南蛮美術が華やかに花開いたころとされています。文献の上で確認できるのは17世紀以降で、スペインやポルトガル、オランダ、イギリスといった南蛮船・紅毛船と呼ばれた貿易船によってもたらされたという説が有力です。特に東インド会社を持つオランダやイギリス経由のものが多かったと考えられています。

長崎に届いた高価なインド更紗は「古渡り(こわたり)更紗」と呼ばれ、井伊家や伊達家といった大名の茶道具の仕覆や袱紗(ふくさ)などに使われました。当時の日本にはまだ茜(あかね)染めの技法がなかったため、和更紗の色彩は本家のインド更紗よりもやや地味であったといいます。それでも扇のような日本らしいモチーフが取り入れられ、少しずつ独自の表情を持つようになっていきました。

和更紗の広がり——鍋島更紗・京更紗・長崎更紗

高価な古渡り更紗を模して、各地で和更紗が作られるようになります。なかでも早くから知られたのが鍋島更紗です。端緒(たんしょ)は慶長年間、藩祖鍋島直茂(なべしまなおしげ)が朝鮮出兵から連れ帰った九山道清(くやまどうせい)という高麗人が技術を伝えたことにあるとされ、その技は代々口伝で継承されました。「道清更紗(どうせいさらさ)」「半兵衛(はんべえ)更紗」とも呼ばれ、確実な技法秘伝書が現存する唯一の和更紗という点も知れば知るほど興味深いところです。木版摺りと型摺りを併用する染法は、近代の摺り友禅染以外に類例がないともいわれています。

ところが、明治の廃藩置県で継承者が途絶え、鍋島更紗は大正の初めに一度姿を消してしまいました。故・鈴田照次が秘伝書や見本をもとに技法を解明し、「木版摺更紗」として復元。現在はその技を鈴田滋人が人間国宝として継承しています。一度絶えた技が誰かの手によって呼び戻される——着物の歴史には、こうした物語が案外少なくありません。

京都で発展したのは京更紗です。図案起こしから絵付けまで手描きで行う手描き更紗として栄え、水質が良く染色職人が多く住んだ堀川沿いで特に発展したことから「堀川更紗」とも呼ばれます。曲線が伸びやかで、墨線を多用したシャープな輪郭線が特徴的な文様です。一方、長崎更紗は1613年に平戸を訪れたイギリス貿易船によって持ち込まれた更紗が発展したもので、蘇芳(すおう)などの染料による鮮やかな発色が持ち味です。天草更紗や堺更紗、江戸更紗といった各地の和更紗も、江戸後期にかけて生まれていきました。

更紗文様の着こなし——帯・小物での楽しみ方

更紗の着物は木綿布にルーツを持つため、基本的にフォーマルな場には向かない普段着として位置づけられます。とはいえ、袋帯や箔糸の名古屋帯を合わせれば、格式を少し上げる工夫もできるといわれています。柄そのものが密度高く描き込まれているぶん、帯まで柄物を重ねると印象がぶつかり合ってしまうことも。特徴的な柄を主役として立たせ、帯はその引き立て役に置くくらいの引き算が、更紗らしい着こなしにつながります。

色合わせで迷ったときは、同色系でまとめれば上品にまとまり、反対色を選べば個性的な一枚に仕上がります。更紗全体が柄物である以上、小紋のように帯や小物で全体のバランスを整える発想が合っています。半衿や帯締めの選び方に迷ったときは、この記事とあわせて半衿の選び方と付け方も参考になるはずです。なお、型染めの工程を踏まない機械染めの「更紗風」着物も存在するため、風合いを重視するなら生地や染めの技法を確認しておくと安心です。

友禅・紬との違いから見る更紗の位置づけ

更紗の文様表出には、手描きや木版のほか、伊勢型紙を用いた型染めもありました。手描きで一枚ずつ図案を起こす京更紗のような系統は、友禅の手描きの世界とも響き合うところがあります。友禅の手描きと型染めの違いが気になる方は、友禅とは?手描きと型染めの違いをやさしくの記事で技法の輪郭をたどってみると、更紗との距離感がより見えてくるでしょう。

格のうえで更紗は普段着に位置づけられますが、これは値段の高さとは別の話です。何十万円もする紬(つむぎ)が格のうえでは普段着であるのと同じように、値段の物差しと格の物差しは、着物の世界では静かに並んでいます。紬という素材そのものの奥行きが気になる方は、紬入門 結城紬・大島紬・牛首紬はどう違う?もあわせて覗いてみてください。

単衣(ひとえ)の風がまだ遠い、うすら寒さの残る季節にも、更紗の花鳥文様はどこか温かな異国の気配を運んできます。海を渡り、佐賀や京都の職人の手で少しずつ色を変えながら今日まで続いてきた文様——今日の一枚に、小さな物語を添えてみるのも、なんとも粋な着物の楽しみ方です。