沖縄の染織といえば、鮮やかな紅型を思い浮かべる方が多いかもしれません。けれど紅型は、入り口にすぎません。この記事では、沖縄の伝統衣装「琉装」がどんな装いなのかと、島ごとに育った染めと織りを、違いが分かるように順にたどります。
沖縄の伝統衣装「琉装」とは?
琉装(りゅうそう)は、琉球王国の時代から沖縄に伝わってきた装いです。本土の着物と見比べると、つくりがはっきり違います。上衣には衽(おくみ)がなく、袖は袋状に閉じず、ゆったりと広い筒のかたちに開いています。脇にはマチ、裾の両脇にはスリットが入るとされます。つまり、体に沿わせるのではなく、体との間にゆとりをつくる仕立てと着方なのです。腕を上げれば風が袖口から入り、内側を通り抜けていきます。湿度の高い島の夏を過ごすための、理にかなった構造です。
着付けにも独特の名前があります。女性の着方「ウシンチー」は、琉球新報の沖縄用語辞典によれば「表衣の襟の下部を、胴衣をしめている細帯に押し込んで固定する婦女子の着付け」。帯できつく締め上げるのではなく、細帯に押し込んで留めるだけなので、腰まわりが楽で、風が通ります。この着付けは琉球舞踊の「花風」「浜千鳥」といった古典の演目で今も見ることができますが、日常の装いとしては昭和十年代から次第に見られなくなっていったと説明されています。
もうひとつ知っておきたいのは、琉装がひとつの決まった衣装ではなかったことです。琉球王国は中国、日本、そして東南アジアの国々と海を行き来した交易の国でした。染めや織りの技法、素材、文様の発想がその航路にのって入り、島で組み替えられていきます。衣装もまた、身分や役目、場面によって色や素材、文様が異なりました。のちに触れる紅型や花織のように、王府が使える範囲を定めていたと伝えられる布もあります。ひとくちに「沖縄の伝統衣装」といっても、誰が何を着るかは細かく分かれていたわけです。
沖縄が「染め織りの宝庫」になった理由
沖縄県からは、国が指定する伝統的工芸品が十数品目生まれています。しかもその多くが染織で、本島・久米島・宮古島・八重山諸島と、島ごとにまったく違う布が育ちました。なぜこれほど分かれたのでしょうか。
ひとつは島にある植物が違ったこと。やんばるの森には糸芭蕉が茂り、宮古や八重山では苧麻(ちょま)がよく育ちました。手に入る繊維が違えば、生まれる布の質感も変わります。もうひとつは交易です。技法や素材、意匠が外から入り、島の材料と結びついて独自の姿になっていきました。
そして見落とせないのが税のしくみです。琉球王府のもとでは、織った布を納める「貢納布」という制度がありました。宮古島市の説明によれば、宮古上布は1637年に人頭税として上納布に定められて以来、精巧な織物であることが求められたといいます。厳しい制度ではありましたが、結果として技術は磨かれ、島ごとの特色がはっきりしていきました。島の植物・海の道・王府のしくみ。この三つが重なって、沖縄の染織の地図はできあがっています。
琉球を代表する染め「琉球びんがた」

紅型(びんがた)は、沖縄でただひとつの伝統的な染め物です。琉球びんがた事業協同組合の説明では、「ビンは『色彩』の意、ガタは『模様』の意と解釈する見方がある」とされています。語源には諸説あり、断定はされていません。
紅型の柄は、糊を置いたところには染料が入らないという仕組みでできています。染める前に、模様のかたちに糊を置いておく。この糊が防染糊です。そのうえで技法は大きく二つ。ひとつは型付けで、型紙を当てて生地に防染糊を置いていく方法。もうひとつが筒引きで、型紙を使わず、防染糊を入れた円錐状の袋の先から糊を絞り出しながら、直接生地に模様を描いていきます。組合の説明でも筒引きは「技法的にも難しく」と紹介されている、手の力量がそのまま出る技です。
色の入れ方も紅型の見どころです。糊で防いだ部分以外に色を挿し、さらに濃い色を重ねて陰影をつけていきます。この積み重ねが、あの奥行きのある鮮やかさを生みます。染料だけでなく顔料も用いられ、光にあたったときの発色の強さにつながっているとされます。そして紅型と対をなすのが藍型(ええがた)です。藍と日本人の暮らしの記事でも触れたあの青が、藍の濃淡や墨で染め分けられたもので、夏の衣料に数多く染められたと説明されています。同じ型紙から、華やかな紅型と、涼やかな藍型の両方が生まれるわけです。
意外に思われるのが文様です。南国らしいデイゴや魚だけでなく、梅、雪輪、鶴といった、沖縄では実際に目にしないものも描かれてきました。組合の説明にも「中国的な豪華さもあれば日本的な優美さもある」とあります。型紙を用いる染めという点では、本土の友禅の手描きと型染めの違いと見比べてみるのも面白いところです。海の向こうから届いた意匠を、島の色で染め直した。文様のひとつひとつが、交易の国だった記憶をとどめているように見えてきます。
沖縄を代表する伝統的な織物
ここからは織物です。それぞれ産地も素材も違うので、「どの島の、何からできた布か」を意識しながら読んでみてください。
喜如嘉の芭蕉布

沖縄本島北部、大宜味村喜如嘉。ここで織られる芭蕉布は、バナナの仲間である糸芭蕉から採り出した繊維を糸にした織物です。公式サイトでも、その繊維は「あまりの繊細さゆえに極めて扱いが難しく」と説明されています。畑で芭蕉を育てるところから始まり、二十を超える工程を経てようやく一反になります。
手に取ると、絹のようなしなやかさではなく、かさりと乾いた張りがあります。肌に貼りつかず、風を通す。沖縄で最も古い織物のひとつと伝えられ、1974年に「喜如嘉の芭蕉布」として国の重要無形文化財に指定され、喜如嘉の芭蕉布保存会が保持団体に認定されました。経済産業大臣指定の伝統的工芸品でもあります。
琉球絣

本島南部の南風原町(はえばるちょう)を中心に織られる絣です。糸をあらかじめ括って染め分け、織り上げたときに初めて柄が現れる。その計算が絣のおもしろさです。琉球絣には王朝時代から伝わるおよそ600種類の図案があるとされ、鳥、雲、井戸、燕など、暮らしのなかのものを図案化した名前がついています。
なお琉球絣は「日本のかすりの源流」と紹介されることがありますが、絣の伝播については複数の見方があり、全国の絣の唯一の起源と断定できるものではありません。海の道を通って技法が行き来した、その大きな流れのなかに置いて眺めるのがよさそうです。
宮古上布

宮古島で織られる、苧麻(ちょま)の繊維を糸にした麻織物です。宮古島市の説明では、16世紀末に稲石によって創製されたと伝えられ、1637年に人頭税として上納布に定められて以来、精巧さが求められてきたとされます。日本の上布の代表的存在として、越後上布・小千谷縮と並べて語られます。麻という素材そのものについては、絽・紗・麻——透ける着物にひそむ、涼のかたちもあわせてどうぞ。
特徴は糸づくりにあります。手績み(てうみ)といって、苧麻を爪や指で細く裂いてつなぎ、撚りをかけて糸にしていきます。機械では代えられないこの技術は、2003年に「苧麻糸手績み」として国の選定保存技術に選ばれています。織り上がった布は仕上げに砧打ちという木槌で打つ工程を経て、独特の光沢が生まれます。1978年に国の重要無形文化財に指定されました。
読谷山花織

本島中部の読谷村(よみたんそん)に伝わる、糸を浮かせて模様を織り出す技法の布です。表面にぽつぽつと花が咲いたように文様が立ち上がるのが名の由来。文様には、銭を表す「ジンバナ」、扇を表す「オージバナ」、風車を表す「カジマヤーバナ」があり、それぞれ豊かさ・子孫繁栄・長寿への願いが込められていると伝えられています。
かつては王府の管理下にあり、着られる人が限られていたと伝えられます。一度は途絶えかけましたが、昭和期に復元され、今日まで織り継がれてきました。
久米島紬
久米島で織られる絹の織物です。屑繭を真綿にして手紡ぎした紬糸や、繭から手で引き出した引き糸を用います。染めは島に自生する植物による草木染めと、泥染め。煤竹色、赤茶色、銀鼠、鶯色といった、島の土と木からしか出ない色調が並びます。
特筆すべきは、図案の選定から染料の採取、糸染め、絣括り、製織までひとりの織子が手作業で通すこと。だからこそ布に作り手の気配が残ります。本土の結城紬・大島紬・牛首紬とはまた違う、島の紬です。素朴でしなやかな風合いと深い色調が身上で、洗うたびに灰汁が抜けて色が冴えていくとも説明されています。
首里織
那覇市首里に伝わる織物の総称です。ひとつの技法を指すのではなく、花倉織(はなくらおり)、道屯織(どうとんおり)、絣、花織など複数の織り技法をまとめて呼ぶ点が他と違います。王府のお膝元だけあって、意匠にも織りにも格式が反映されました。なかでも花倉織は王家の妃や王女が着用したとされる、最も格の高い織りと紹介されています。
八重山上布
石垣島を中心とする八重山諸島の麻織物です。同じ上布でも宮古とは印象が違い、白い地に赤茶色の絣が浮かぶのが特徴とされます。琉球王朝時代には貢納布として納められました。宮古上布の藍と、八重山上布の白地。二つを並べると、同じ苧麻の布でも島ごとに目指した美しさが違ったことが見えてきます。
八重山ミンサー

八重山諸島の木綿の織物で、主に帯として織られてきました。平織の畝織で、太めの木綿糸を緯糸に用いるため、やや厚手でしっかりした手ざわりになります。
よく知られているのが、藍地に並ぶ五つと四つの絣。五つで「いつ(五つ)の」、四つで「世(四つ)」を表し、「いつの世までも末永く」の意が込められていると伝えられています。両端に走る細かい横縞は「ヤシラミ」と呼ばれ、足の多いムカデに見立てて「足しげく通ってください」の意とされます。かつて通い婚の習わしがあったころ、女性が想う相手へ贈ったという言い伝えです。いずれも民間に伝わる解釈で、由来として断定されているものではありません。
琉球の染め・織物を一覧で比較
| 名称 | 分類 | 主な素材・技法 | 主な産地 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 琉球びんがた | 染め | 型付け・筒引き/顔料と染料 | 沖縄県内各地 | 鮮やかな多色。藍型は藍と墨の濃淡 |
| 喜如嘉の芭蕉布 | 織り | 糸芭蕉の繊維 | 大宜味村喜如嘉 | 生成りで張りがあり、風を通す |
| 琉球絣 | 織り | 絣(糸を括って染め分け) | 南風原町ほか本島南部 | 王朝伝来の図案が約600種 |
| 宮古上布 | 織り | 苧麻(ちょま)の手績み糸/砧打ち | 宮古島 | 薄く軽い麻布。藍地に細かい絣と光沢 |
| 読谷山花織 | 織り | 糸を浮かせる花織 | 読谷村 | 花のような文様が立体的に浮く |
| 久米島紬 | 織り | 紬糸/草木染め・泥染め | 久米島町 | 深く渋い色調。ひとりが全工程を担う |
| 首里織 | 織り | 花倉織・道屯織・絣・花織など | 那覇市首里 | 複数技法の総称。王府の格式を映す |
| 八重山上布 | 織り | 苧麻の麻織物 | 石垣島ほか八重山諸島 | 白地に赤茶色の絣 |
| 八重山ミンサー | 織り | 木綿・平織の畝織 | 八重山諸島 | 五つと四つの絣。厚手で帯向き |
※産地・技法は代表的なものを挙げています。工房や時代により幅があります
琉球の染織文化を現代に楽しむ方法
知ると、実物を見たくなります。難しく構えなくても、入り口はいくつもあります。
- 琉装を着てみる。観光施設などで体験できる場所があります。袖から風が抜ける感覚は、着てみて初めて分かります
- 染めや織りを体験する。紅型の型置きや色差し、機織りの体験を受け入れている工房があります。糊の重さ、筬(おさ)を打つ音、そういうものが記憶に残ります
- 工房や資料館で実物を見る。大宜味村立芭蕉布会館、宮古島市伝統工芸品センターなど、産地に施設があります。写真では分からない厚みや透け方が、目の前にあります
- 小物から取り入れる。帯、バッグ、名刺入れ、コースターやテーブルセンター。ミンサーの厚みのある手ざわりは、小さなものでも十分に伝わります
いきなり反物を求めなくてもいいのです。手のひらに収まる大きさのものを一つ持ってみると、次に写真を見たときの解像度がまるで変わります。
購入するときに確認したいこと
もし実際に選ぶ機会があれば、次のような点を確かめておくと、後から「思っていたものと違った」となりにくくなります。
- 工芸品名と産地。「沖縄の織物」ではなく、どの品目でどの産地のものかを確認します
- 素材。絹・苧麻・木綿・糸芭蕉では、手ざわりも手入れも変わります
- 証紙や表示。産地の組合が発行する証紙が付くものがあります。ただしすべての品に同じ証紙や表示が付くわけではありません。小物や、証紙の対象外のものもあるため、何が示されているのかを店の方に聞くのが確実です
- 作り手。工房名や織り手が分かる場合は控えておくと、次に選ぶときの手がかりになります
- 寸法・仕立て・状態。反物か仕立て上がりか、寸法が自分に合うか、古いものならシミや傷みがないか
- 手入れの方法。麻や芭蕉布は扱いが繊細です。家で洗えるのか、専門店に出すのかを購入前に確かめておきます
まとめ
紅型の朱、芭蕉布の生成り、宮古上布の藍、ミンサーの五つと四つ。並べてみると、沖縄の染織は「南国の華やかな布」という一言ではとても足りません。島に生えていた植物、海の向こうから届いた技法と意匠、王府のしくみ、そして暮らしのなかの願い。そういうものが、糸の一本一本に撚り込まれています。
次の一歩は、実物に近づくことだと思います。産地の資料館を訪ねる、体験に申し込む、小物をひとつ手に取る。どれでもかまいません。写真の向こうにあった布が、厚みと重さを持ってこちらへ現れます。島ごとの違いは、そうして手に取ったときに、いちばんはっきり見えてきます。
