着物の色名を眺めていて、ふと手が止まったことはないでしょうか。「桜」「若草」「二藍」——同じ桜色でも、資料によって少しずつ違う色味で紹介されていることに気づいた方もいるかもしれません。それは間違いではなく、平安の色名がもともと持っている性質なのです。今日は「かさねの色目」という配色の物語を、ゆっくりひもといていきます。
「かさねの色目」ってそもそも何でしょう
かさねの色目は、平安時代の宮中で生まれた配色のきまりです。もともとは袷仕立ての衣の、表と裏の裂を合わせた色のことを指しました。後には十二単のように何枚も重ねて着たときに表に現れる配色のことも、同じ言葉で呼ぶようになったといいます。漢字で書くときは、表裏の配色には「重」、重ね着の配色には「襲」の字が使い分けられてきました。どちらも読みは「かさね」です。組み合わせは260種を超えると伝わっています。また、かさねの色目には、表裏で色を合わせるもの(「重」の字)、重ね着で色を合わせるもの(「襲」の字)、織りの段階で縦糸と横糸の色を変えるもの、の三つの方式があったといわれます。当時の絹はとても薄く、裏地の色が表によく透けたため、独特の色合いが生まれたともいわれています。
現代の色見本と、平安の色名のずれ
ここで少し面白い話を——古い時代の「あお」は、今よりずっと広い色を指す言葉でした。青から黄みを帯びた緑までを、ひとまとめに「青」と呼んでいたのです。青葉や青信号という言い方に、その名残があります。平安の装束で「青色」といえば、渋い黄緑系の色だったと考えられています。いっぽう、今でいう藍色のようなブルーは「縹(はなだ)」と呼ばれていました。同じ「青」という字を見ても、平安の人が思い浮かべた色と、わたしたちが思い浮かべる色は、少し違ったのかもしれません。現代のHEXコードやRGB値で紹介される伝統色は、あくまで近似値です。日本の伝統色は1100色を超えるともいわれ、薄いピンクひとつをとっても桜色・桃色・撫子色と名前が分かれるほど、表現が細やかなのです。デジタル以前の色を、デジタルの物差しで測り直しているのですから、資料によって数値が変わるのも自然なことでしょう。
春夏秋冬を彩る色目とその配り方
かさねの色目の面白さは、自然の移ろいをそのまま配色に写し取っているところにあります。桜の色目は、赤い若葉の上に白い花を咲かせた山桜を表すもので、平安時代に桜といえば山桜のことを指しました。この色目は冬から春にかけて着られたと伝わっています。桜の文様はいつ着るのかという問いと同じように、色にも「ふさわしい季節」があったわけです。当時の貴族にとって、季節や場所に合わせてかさねの色目を選ぶことは、教養のひとつとして欠かせないものだったといいます。奢侈遊楽の日々を送った平安貴族にとって、身にまとう色は、政治とはまた別の、自分を表す言葉だったのかもしれません。
色名の記録という点では、『延喜式(えんぎしき)』という規則集に、染色の規定が具体的にまとめられていることも見逃せません。これがあるおかげで、平安時代の色名を今のわたしたちも具体的に知ることができるのです。ただし、同じ色目でも伝承した家によって呼び名や配色が異なる場合があり、時代によっても体系に違いが見られます。平安時代末の装束書と室町時代の装束書を見比べると、かさねの配色のきまりそのものが変わっているといわれます。ひとつの正解があったわけではなく、時代とともに揺れながら受け継がれてきた——それが、かさねの色目の実像なのでしょう。
着物や小物選びに、色目の知恵を
では、この平安の配色美を、今のわたしたちの着物生活にどう活かせるでしょうか。難しく考える必要はありません。「表に近い色」と「裏に近い色」を意識して帯揚げや半衿を選ぶだけで、かさねの色目の考え方に近づきます。たとえば着物の色より少し濃い色を襟元にひとさじ添えると、装い全体に奥行きが生まれます。これは、表裏の配色を楽しんだ重色目の発想と、どこか響き合うところがあるでしょう。色の名前をひとつ知っているだけで、コーディネートを考える時間が、ちょっとした物語探しに変わるのは、なんとも粋なことです。
文様と合わせて楽しむ
色目とあわせて文様にも目を向けると、着物選びはさらに奥行きを増します。季節の文様には、それぞれに似合う色目があり、吉祥文様のようにおめでたい意味を持つ柄と、桜や紅葉のように季節を映す柄とでは、選び方の物差しも変わってきます。柄と色、二つの物差しを重ねて見ることで、一枚の着物に込められた物語が、より立体的に見えてくるはずです。知れば知るほど、着物の色は単なる好みの問題ではなく、千年前からの手紙のようにも思えてきます。
単衣の季節を待ちわびるころ、色見本帳をめくりながら、平安の人々が眺めたであろう色を思い浮かべてみるのも——今日の一枚に、小さな物語を添えるひとつの方法です。
