単衣(ひとえ)の風が恋しくなるころ、ふと目に留まるのは藍色の一枚です。深い青は涼やかで、どこか愛おしい——藍染とは、いったいどんな染色なのでしょう。今日の一枚に、小さな物語を。

藍染とはどんな染色技法か

藍染に使われている藍は、一説では人類最古の染料ともいわれています。もともとは中国東部・朝鮮半島・日本列島中央部の周辺で、青色の染料として重用されていました。日本へは約1500年前、奈良時代に中国から朝鮮を経て伝えられたとされています。ひもとくと、はるかな道のりを経て今のわたしたちの手元に届いていることに気づかされます。

染めの方法にも、実はいくつかの種類があります。藍の生葉をそのまま使う「生葉染め」と、葉を乾燥・発酵させた「すくも」を強アルカリの中で微生物によって還元する「藍建染め」——原理はまったく異なるものです。すくもはタデ科の藍の葉から作られる天然染料で、その主成分インジコは、化学的には合成インディゴと同じ分子構造を持つのだそう。知れば知るほど、藍という一色の奥行きに驚かされます。

藍と日本人の暮らしの歴史的つながり

日本の歴史に藍染らしきものが登場するのは、邪馬台国が最初とされています。古墳時代の遺跡からも藍染とみられるものが出土していますが、当時の染めがタデアイによるものかどうかについては、まだ議論があるようです。

天平時代には、染めるだけで布が丈夫になり防虫効果もあることから、藍染は宝物の包装品などに用いられました。武士の時代になると、抗菌作用も期待できる藍染は、戦に明け暮れる武士の必需品となっていきます。侍が鎧の下に藍染の下着を着ていたことはよく知られており、近年の研究では天然藍にトリプタンスリンという抗菌成分が含まれていることが分かり、その抗菌作用が実証されているそうです。——それが、藍という色がただの美しさだけでなく、暮らしの知恵として選ばれてきた理由なのかもしれません。

皮膚への効能をめぐる研究

弘前大学教育学部の研究では、天然藍にアトピー性皮膚炎などの皮膚疾患に対する治療効果のある成分が含まれていることが分かったといいます。ただし、虫や蛇が近寄らないといった防虫効果については、学術的な裏付けよりも民間伝承や経験則としての言及が多く、根拠の強さには差がある点には留意が必要でしょう。すべてを一つの物語として語りきってしまわないことも、大切な誠実さだと思います。

なぜ夏の着物・浴衣に藍染が好まれてきたのか

藍染に消臭・防虫・抗菌といった効果があるとされてきたことは、汗をかきやすい季節にはなんとも心強いことです。浴衣に藍染が多いのも、涼やかな見た目だけでなく、こうした実用性が重なっているからかもしれません。浴衣と着物の違いについては、浴衣と着物、その違いって知ってますか?にもやさしくまとめられています。透ける着物と藍の組み合わせも、夏らしいひとつの景色。絽・紗・麻——透ける着物にひそむ、涼のかたちもあわせて眺めてみると、涼を装う知恵がより立体的に見えてくるでしょう。

天然藍と化学染料の違い

「ピュアインディゴ」という言葉から天然のものを想像する方も多いかもしれませんが、実際には石油を原料とする合成染料です。合成インディゴは19世紀後半、ドイツの化学者が化学的合成に成功し、工業化されたものでした。天然の藍の植物を使ったものは「本藍」「天然藍」と呼ばれ、区別されています。値段や見た目だけでは判断がつきにくいところもあり、産地や製法を確認することが、選ぶときのひとつの手がかりになりそうです。

藍染の柄や産地に見る地域性——阿波藍のものがたり

藍染の産地として名高いのが、徳島県の阿波藍です。阿波藍は、徳島県(阿波国)で行われる藍染め、またはその材料となるタデアイやすくもを指します。徳島藩の保護奨励策によって隆盛し、日本の藍染め市場を席巻したといいます。1903年には徳島の藍栽培面積が約15,000ヘクタールでピークを迎えましたが、その後インドからの沈殿藍やヨーロッパからの合成藍の輸入が増え、生産量は激減しました。明治後期以降、輸入品に押されて衰退していったのです。

現在は天然藍の美しさや風合いが見直され、「藍師」と呼ばれる方々の努力によって伝統が受け継がれています。とはいえ、生産者の高齢化が進み、将来を担う若い後継者が育っていないこと、工業的な大量生産が難しいこと、日常のなかで藍染に触れる機会が少なくなっていることなど、課題も少なくないようです。——それが、静かに続いてきた藍の道を、これからどう歩んでいくかという問いなのかもしれません。

夏の装いに藍色をひとつまとうとき、そこには奈良時代からの長い時間と、徳島の藍師たちの手わざが折り重なっています。ふと目に留まる藍の一枚に、そんな物語が織り込まれていると思うと、なんとも粋な気持ちになるものです。

藍染・夏の素材・吉祥文様など染織に関する記事は染織と文様ガイドにまとめています。