七五三の写真館の前を通りかかると、赤や浅葱(あさぎ)色の生地に六角形が並ぶ、あの模様を着た子どもをよく見かける季節になりました。麻の葉文様——なぜこの柄は、子どもの晴れ着にこれほど選ばれてきたのでしょう。ひもとくと、植物としての麻の育ち方と、江戸の舞台とがどちらも関わっていました。

麻の葉文様とは——六角形にひそむ、麻の葉のかたち

麻の葉文様は、正六角形を基本の形として中に6個の三角形を組み合わせ、麻柄とも呼ばれます。大麻の葉に似ていることからこの名がついたのは近世に入ってからのことで、文様そのものはそれよりずっと古くからありました。平安時代の仏像には切金でこの形を装飾した例があり、鎌倉・室町時代には密教系の尊像や曼荼羅の地模様としても描かれています。京都・大報恩寺の仏像(1220年前後)や奈良・西大寺の愛染明王(1247年)の衣服にも、この六角形の連続模様が用いられているのが分かっています。

今の呼び名がつく前から、日本の造形のなかにずっと息づいていた形——それが、麻の葉文様なのです。

なぜ産着や七五三の着物に選ばれてきたのか

麻という植物は、生命力が高く手間をかけずに4か月で4メートルもの大きさに育ちます。丈夫ですくすくと伸びるその性質から、子どもの産着(うぶぎ)に麻の葉文様が用いられるようになりました。長襦袢(ながじゅばん)や帯にも多く使われてきた柄です。麻に虫が寄り付きにくいことから健やかな成長を願う意味も伝えられ、幾何学模様であることから魔除けとされたとの指摘もあります。麻の葉文様そのものに邪気を払う力があるという信仰もあり、子どもの成長と厄除け・魔除けの祈りが、ひとつの柄に重ねられてきたことになります。

現代でも産着や子ども着物、初節句の装束に麻の葉文様が多く使われているのは、この願いが今も生きている証でしょう。七五三の年齢によって肩あげ・腰あげの仕立て方が変わりますが、その準備の流れは七五三 3歳・5歳・7歳それぞれの着物と準備リストで整理しています。

江戸の舞台から広がった「お染形」という流行

麻の葉文様が一気に広く親しまれるようになったきっかけは、実は舞台にありました。歌舞伎「八百屋お七」の衣装では、緋(ひ)と浅葱の鹿の子(かのこ)絞りによる麻の葉文様が使われています。1809年、五代目岩井半四郎がお七を演じた際、浅葱色地に鹿の子絞りの麻の葉文様をまとい「半四郎の鹿の子」と呼ばれて江戸の女性のあいだで流行しました。

文政年間(1818〜1830年)には大阪で嵐璃寛が「妹背門松」のお染役にこの柄を採用し、「お染形」として京・大阪でも好まれるようになります。江戸時代の観客には、ひいきの役者と同じ文様の着物を身につける習慣がありました。舞台衣装がそのまま流行柄になる——今でいう推し活グッズのような感覚が、江戸の着物文化にもあったのは、なんとも粋な話です。

浴衣や夏着物での麻の葉文様

そこで、夏の装いにも麻の葉文様は自然に馴染んでいきます。現代の浴衣では、規則正しく並ぶ伝統的な六角形の連続模様のほか、文様を大胆に拡大した大柄タイプ、花や流水文様と組み合わせたデザインも人気です。夏の柄の選び方全般については金魚・朝顔・青海波——夏の着物文様にひもとく、涼のものがたりもあわせてどうぞ。

色や図案のバリエーション

色数も図案の大きさもさまざまで、江戸期の緋と浅葱のような伝統的な配色から、現代的な淡い色合いまで幅は広いです。幾何学的でリズム感のある構成は、和装だけでなくバッグやインテリアなど洋風小物にも「和モダン柄」として取り入れられています。着物を知らない人にも見覚えのある柄になっているのは、この汎用性のおかげでしょう。


七五三の着物をレンタルで借りるなら、商品ページで対象商品と利用日、セット内容、返却の条件を確かめてから申し込みましょう。記事で整理した条件に照らすと、必要な準備がはっきりします。


他の吉祥文様との組み合わせ方

麻の葉文様は単独でも意味を持つ柄ですが、七宝(しっぽう)や亀甲(きっこう)など他の吉祥文様と組み合わされた図案も少なくありません。それぞれの文様が持つ意味を知ると、一枚の着物に込められた願いの重なりが見えてきます。詳しくは吉祥文様の意味辞典 鶴・亀甲・七宝・松竹梅にまとめています。

単衣(ひとえ)の風が恋しくなるころも、七五三の晴れ着を選ぶころも——六角形がすくすくと連なるこの文様には、成長を願う気持ちが静かに織り込まれています。知れば知るほど、ふと目に留まる柄になるかもしれません。今日の一枚に、小さな物語を。