残暑の売り場で、萩や桔梗が涼やかに揺れる一枚に出会うことがあります。まだ蝉の声が残るころなのに、なぜ秋の柄なのだろう——そんな小さな疑問を抱いたことはないでしょうか。ひもといてみると、そこには日本人が季節をどう眺めてきたか、その眼差しが静かに織り込まれています。
秋草文様とは何か——由来と成り立ち
秋草文様とは、秋の七草(桔梗・萩・女郎花・撫子・葛・芒・藤袴)に、菊や竜胆といった秋の野草を取り混ぜて文様化したものを指します。一種類の草花だけを描いた図案でも、秋草文様と呼ばれることがあるのが面白いところ。秋草文様は特定の花一輪ではなく、秋の野原そのものを写しとった文様と考えると、着物の柄を眺める目がすこし変わってきます。
秋の七草と、そこに添えられる菊・竜胆
秋の七草のなかでも撫子は、涼やかな一輪として夏の着物の定番柄です。大和撫子と呼ばれる日本種のほかに、平安時代に中国から渡ってきた唐撫子(石竹)があり、実は着物や浴衣でよく見る撫子は唐撫子であることが多いのだそう。「撫子」という名前は、小さく可愛い、撫でたくなるような子——というところに由来するといわれています。清楚で可憐な佇まいが、日本人女性の象徴として長く愛されてきました。
そこに寄り添う菊もまた、ただの秋の花ではありません。奈良時代に薬草として中国から伝わり、邪気を払い長寿をもたらすと信じられてきた花です。後鳥羽上皇が愛用したことから、現在の天皇家の家紋になったとも伝えられています(この由来については諸説あるようです)。9月9日の重陽の節句には「菊の節句」として祝う習慣も残っており、秋草文様のなかの菊は、季節の彩りであると同時に、縁起の良さも背負っているのです。
いつ頃から着るとされているか
秋草文様がいつから装いに使われてきたか——その手がかりのひとつが、京都・高台寺に残る桃山時代の秋草文の蒔絵です。この時代以降、秋の七草が着物の文様として使われはじめたと考えられています。移ろいゆく時のはかなさや無常観を表す文様とされ、桃山の人々もまた、儚く咲いてすぐに散る野の花に、美しさを見出していたのかもしれません。桃山時代以降という時期が、ひとつの目安になると覚えておくと、文様の背景が少し立体的に見えてきます。
季節を先取りして装う、という考え方
着物の柄は、実際の季節よりも少し早めに用いるのが定番とされています。秋草文様も同じで、残暑の厳しい時期に、季節を先取りして涼しさを添えるように使われてきました。まだ暑さの残る夏のきものや帯、浴衣に秋草文様がよく登場するのは、そうした先取りの美意識があってのこと。夏から秋へと移ろう季節の境目に、ひと足早く秋の気配をまとう——それが、秋草文様のなんとも粋なところなのです。
秋の装いといえば紅葉や葡萄なども代表的な文様ですが、こちらは10月から11月にかけての盛りの季節にふさわしいとされ、秋草文様とは少し時期の重なり方が異なります。一方で菊は「不老長寿」の意味を持つ吉祥文様でもあるため、冬の慶事にも使える懐の深さがあります。同じ「秋の柄」といっても、それぞれに似合う時期の幅があるのは、知れば知るほど興味深いところ。季節文様全般の考え方は、桜の文様はいつ着る?季節の柄の考え方と諸説でも触れていますので、あわせて眺めてみるのも良いかもしれません。
菊は秋草文様だけのものではない
ここまで見てきたように、菊は秋草文様の一員でありながら、単独でも吉祥文様として一年を通して活躍する花です。萩や桔梗と寄り添えば秋の野の物語を、単独で描かれれば不老長寿の願いを——ひとつの花が、置かれる文脈によって語る物語を変えるのは、なんとも奥ゆかしいことです。吉祥文様の全体像に興味があれば、吉祥文様の意味辞典 鶴・亀甲・七宝・松竹梅もあわせて読むと、菊の立ち位置がより見えてくるはずです。
秋の装いに、小さな物語を
秋草文様は、萩・撫子・桔梗といった秋の七草に菊や竜胆を添えた、いわば秋の野原そのものの写し絵。桃山時代以降に定着したとされ、残暑のなかで季節を先取りして纏うのが、長く受け継がれてきた装い方です。単衣の風が恋しくなるころ、袖にひと群れの秋草を選んでみる——それだけで、まだ暑さの残る一日が、少しだけ涼やかな物語をまとうように感じられるでしょう。今日の一枚に、小さな物語を。
