夏祭りの人混みのなかで、ふと目に留まる絞りの浴衣。布の表面がぷつぷつと立体的で、木綿なのにどこか涼しげな一枚に出会ったことはないでしょうか。同じ「絞り染め」という言葉でも、産地によって表情はまるで違います。今日の一枚に、小さな物語を——絞りのしくみと産地の違いをひもといていきましょう。

絞り染めとは何か——括り・防染のしくみ

絞り染めは、布を糸で括るなどして防染し、模様を染め出す技法です。染料が染み込まない部分をつくることで、括りをほどいたときに白く模様が浮かび上がる——それが絞り染めの基本のしくみです。インドや中国、中南米など世界各地で自然発生的に生まれたと考えられており、決して日本だけの技法ではありません。日本での歴史は古く、法隆寺や正倉院に伝わる奈良時代の染織遺品にすでに見ることができます。中国から伝わった防染技法「三纈」のひとつ「纐纈(こうけち)」がこれにあたり、途絶えることなく現代まで続いてきた染めの技といえるでしょう。

有松鳴海絞りの特徴と歴史的背景

江戸時代の絞り染めは、京都の細やかな「京鹿の子(かのこ)」と、地方ごとの「地方絞り」に大きく分けられていました。地方絞りのなかでも尾張藩の保護を受けて発展したのが、有松・鳴海絞りです。愛知県名古屋市の有松町・鳴海町一帯で、江戸時代の初めから木綿地の絞り染めが作られてきました。木綿を藍で染めたものが代表格で、糸のくくり方によって模様が変わることから「くくり染め」とも呼ばれています。軽やかで涼しい感触は浴衣地にぴったりで、実際いまも浴衣として愛用される場面が多い染めです。江戸後期から明治にかけて各地に絞り産地が興りましたが、二度の大戦の影響で多くが姿を消し、現在大きな産地として残るのは京都と有松のみとされています。それでも有松は江戸時代以降、絞り製品の生産量で全国一の座を守り続け、1975年には愛知県で初めて国の伝統的工芸品に指定されました。木綿の藍染めについては、藍染とは——藍と日本人の暮らしにひもとく、涼をまとう青の物語でもふれています。

京鹿の子絞りとの違い

では、京都の絞りとは何が違うのでしょうか。京鹿の子絞は疋田(ひった)絞や一目絞といった細やかな括り粒と、あざやかな多色染め分けから生まれる立体感が持ち味です。代表格の本疋田絞は、指先と絹糸だけを頼りに絞り目を一粒ずつ3〜7回巻いて括る仕事で、総絞りの振袖では12万〜30万粒もの括りが必要になることもあるといいます。一枚の着物にそれだけの手仕事が積み重なっていると思うと、値の張る理由にも自然と納得がいくでしょう。一方の有松・鳴海絞りは、絹の鹿の子絞りにほぼ限られる京都の技法に対し、木綿地でさまざまな括り技法を使い分け、絵画的な表現を生み出せることが特色とされています。京鹿の子絞りが「細やかさと格」を極めた絞りなら、有松鳴海絞りは「技法の幅広さと暮らしへの近さ」を育ててきた絞り——素材も用途も、少しずつ違う道を歩んできた二つの絞りといえそうです。緻密な総絞りは生地全体がふっくらと浮き立ち、その手間ゆえに格の高い場面で用いられることもあります。

絞り染めが浴衣や着物に用いられる理由

その違いを踏まえると、絞り染めがなぜ浴衣によく使われるのかも見えてきます。有松鳴海絞りは木綿地であることに加え、絞りによる凹凸が生地に軽さと涼感を与え、浴衣地として長く愛用されてきました。絞りの浴衣に絞りの帯を合わせるコーディネートも紹介されており、同じ技法どうしを重ねる着こなしも一つの楽しみ方でしょう。浴衣まわりの装いについては、浴衣と着物、何がどう違うの?仕立てから着こなしまでやさしく整理もあわせてどうぞ。

現代の絞り染めとの付き合い方

京都と有松、いずれの産地も後継者難や海外製品との競争という課題を抱えながら、販路の拡大や新しい素材の開発に取り組んでいます。手仕事の粒ひとつひとつに、括る人の指先の記憶が刻まれている——なんとも粋な話ではないでしょうか。知れば知るほど、絞りの布の見え方は変わってきます。次に絞りの一枚を手に取るときは、括り粒の細かさや生地の素材にも目を向けてみると、その産地らしさがふと見えてくるかもしれません。単衣(ひとえ)の風が恋しくなるころ、絞りの涼やかな一枚を選ぶ楽しみも、また格別です。